法話図書館 【名取芳彦のちょっといい話】ブログ

平成14年から連載された名取芳彦(なとり・ほうげん)先生のちょっといい話 ブログ版です。携帯電話からも見られます。
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第89話 20年の重さ
 今回は朝、塔婆を書いていてふと思ったことを書きます。

 明治以来120年間住職がいなかった密蔵院に夫婦で入って今年で20年になる。そして、57歳で母が亡くなって来年で20年になる。

 20年前、密蔵院には広間として8畳が2室だった。今は15畳が3室ある。法事以外なにもやっていなかった密蔵院は、現在、ご詠歌、写仏、話の寺子屋、読経の会をやっている。80件だった檀家が250件になった。その間子供も3人生まれた。いろいろなことがあった20年だが、自分が関わってきたことが多いので、一枚の布を家内や周囲の人たちと織り上げてきたというのが実感だ。

 しかし、20年かかって織り上げてきたその布を母は知らない。母が生きていれば77歳になる。“小さなお寺でやっていけるのかしら”という心配をしながら亡くなった。母は栃木のお寺の生まれだが、自分の父親が僧侶として納得できなかったらしく、自ら尼さんの道を選んだ。しかし、理想の世界を夢見て入った寺にも、どろどろした人間関係があり、嫌になって還俗して、当時童話作家でもあった父と結婚した。3人姉兄の末っ子の私をとても可愛がってくれた。
「早く寝ないと朝起きられないわよ」とか「勉強しておかないとテストでいい点をとれないわよ」とか、もと尼さんだけに100パーセント正しいことを言うのが得意で、加えて、靴の踵をつぶして履いたりすると「そんなことはおかしいわよ。誰にでも聞いてごらんなさい」と世間体をとても気にする母だった。

 私のこの20年は、100パーセント正しいことをしてきたわけでもないし、世間体が良くないこともしてきた。母が生きていたら、どれほど怒られ、呆れられ、涙をながさせたことだろうと思う。

 かつて友人が寺の掲示板用にいいですよ、と教えてくれた言葉にこんなのがある。

 “あなたがダラダラ生きている今日は、昨日亡くなった人が生きたかった一日”

 亡くなった人を土台にした経過時間は、生きている自分にとって「やることやったか?」という後ろを向いて確かめる自問の時間になる。一方で、生きている自分を土台にした経過時間は、前だけを見て、布を織り上げてきた時間でもある。

 私の場合、20年という時間を重さにたとえてみると、母のことを思った時は20kgの鉄であり、自分を中心にした時には20kgの綿くらいの違いがある。最初にことわっておいたように、ふと思ったことなのでこれ以上うまく書けません。ごめんなさい。

 さて、次回は、みみなさんからいただいたお題「お盆はどうして二回あるの?」にお答えしてまいります。そう言われりゃ、そうだよなあ、私自身、きれいに納得してないかも……。
posted by houwa-natori | 13:08 | ちょっといい話 | comments(0) | -
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