法話図書館 【名取芳彦のちょっといい話】ブログ

平成14年から連載された名取芳彦(なとり・ほうげん)先生のちょっといい話 ブログ版です。携帯電話からも見られます。
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第100話 ほら、あなたの隣にも
  おお、記念すべき、100回目だぁ!そこで、今回はみなさんのおかげでここまできたので、質問に答える形で進めます。福岡の高鍋さんから「仏教で33って数字をよく見るけど、どんな意味があるの?」という質問をいただきました。では、始まり、始まりィ〜。 

 日本で、宗派に関係なく、よく読まれるお経に般若心経と観音経があります。33という数字の答えは、後者の観音経にあるんです。
この中で、無尽意(むじんに)菩薩が、お釈迦さまに尋ねます。
“お釈迦さま、観音さまは一体どうやって私たちの世界で、説法し、人々を悟りへ導いてくれるのですか?”
お釈迦さまは答えます。
“それはね。仏さまの姿がいい場合は仏さまの姿になるし、修行者の姿が最適だと思えばその姿で説法する。他にもね……”
 この例が、仏さまに準ずる姿が3種。
帝釈天などの神さまが6種。
王さまやお坊さん、子どもなど人間が15種。
龍などの仏教を守る生き物が8種。
そして、仁王さまの姿。
……で、合計33の姿にヘンシ〜ン!して人々を救ってくれるんだよ、というクダリがあります。

 考えてみれば、2桁の数字で最初の素数は11。そして1桁の中で、最初のものごとが安定する数が3(よく3大メーカーとか、3大名所なんて言うでしょ)。両方とも不思議な数字として(おそらく世界的に)考えられているので、これをかけ算した11×3=33はパワーがありそうな数ということになるんだねえ(日本語の語呂合わせで“散々”なんてぇのは、この際、無視します)。

 ここから、観音さまのまつられているお寺をまわる数が33になって、西国三十三観音霊場になり、西国に対して関東で板東三十三観音霊場が制定され、きりのいいところで、100にしようと、秩父に三十四観音霊場ができた(これをまわることを百観音と言います)。
また、観音さまの大きさも3丈3尺のものなど33にちなんだ寸法で作られ、それにちなんで、三十三間堂みたいにお堂の長さも33間にしよう!と観音さまのご利益を顕現化する方法がとられることと、相成ります……ベ、ベン、ベンベン……

 もとより、33というのは、たくさんということ。私は、今の自分にとっていい影響を与えてくれた人(いい人だけじゃない、ああいう人にはなるのはよそうと私に思わせてくれた人も含めて)を、“あの人は今日の私にとって、観音さまだったな”と思うことが年に20回くらいあります。本当は毎日、何人もの観音さまが隣にいるはずなのにねえ、それにこちらが気がつかない。ああ、情けない……。南無観世音菩薩。
posted by houwa-natori | 13:08 | ちょっといい話 | comments(1) | -
第99話 お元気の裏側−七五三−
  ありがたいことに、この秋も月に2、3回はお話を頼まれているのだが、司会者の、穴があったら入りたいような紹介の後、皆さんの前にでて私は開口一番“ 聞いて極楽、見て地獄、名取でございます”と言う(ご婦人が少なければ“破れ猿股、お寺の窓よ、坊主が時々顔を出す。というわけで……名取でございます” と言う場合もある。下品ナ挨拶ダ……)。
 その後に“皆さん、お元気そうですね”と加え、ボソッと本音をつぶやく“まあ、元気だからここにいるんでしょうけど……。”
 こんなミョウチキリンな言い方をするようになったのは、アフリカへ旅行した日本人の話を聞いてからだ。
 その日本人、アフリカの草原で元気に走り回る子どもたちを見て、現地のガイドにこう言った。
 「やはり、アフリカの子どもたちは、自然の中でそだっているだけあって、元気ですね」
 するとガイドが言った。
 「ここでは、元気な子どもしか生き残れないのです」
 「……」

 お寺には過去帳という大切なものがある。檀家さんたちの亡くなった年月日と俗名、戒名が記されている(お寺が火事になったら、本尊さまとこの過去帳だけは持ち出せといわれるくらい大切なものだ)。この過去帳に記載されている三分の一近くが、子どもの戒名だ。この割合は200年以上の歴史があるお寺ならほぼ同じはずである。日本でも、少し前まで、それほど子どもが無事に成長することが困難な時代だったのだ。病気、栄養失調、事故、自然災害は言うに及ばず、間引きしなければならないという悲しい時代がついこの間まで続いていた。
 医療や、食生活などが発達したおかげはあっても、乳幼児検診の必要性は子どもが弱いことを物語っているし、小児科の待合室はいつも満員だ。身体に抵抗力がついて、異物を飲み込んだり(私の長男は私の不注意で吸殻を二度飲み込み、苦しい胃の洗浄を二度受けた)、危険を回避できるようになっていくステップが、数え歳の3歳、5歳、7歳というのは今も代わりがないだろう。
 逆にいえば、その歳まで生きられなかった子どもたちがたくさんいるのである。だからこそ、どうにか3歳まできた、やっと5歳まで育った、ようやく7歳まで成長してきた我が子の命を祝うのである。
七五三の行事はこんな裏側がある。祖父母や親戚への格好つけのためにやるのではないのだ……。

 さて、次回は高鍋さんからの質問「仏教で33ってどんな意味があるんですか」に答えて、“ほら、あなたの隣にも”でいきます。
posted by houwa-natori | 13:07 | ちょっといい話 | comments(0) | -
第98話 花束贈呈の謎
  私は覚えていないけど、どうやら私の母は、私を口から先に生んでくれたようで、司会をさせてもらった結婚披露宴は10をこえる。多くは、来賓の肩書で専門用語が多いお坊さんの披露宴だ(来賓の中で、黒の洋服で来るお坊さんが多い時、ロビーはかなりヤバイ雰囲気になる)。

 披露宴スケジュールの打ち合わせをすると、だいたい最後に両親への花束贈呈がある。これをテレルからとか、お涙頂戴見え見えという理由で、できればやめたいという新郎新婦がいる。そんな時私は、まるでプロの司会者のようにこう言う。
 “披露宴がお開きになったら、新郎新婦、両親、仲人はドアの外で、皆さんをお送りするでしょ。そのために、雛壇にいる新郎新婦を出口の方へ移動させなくちゃいけないわけ。主役の二人を何の芸もなく、みんなの注目の中を下がらせるわけにはいかないでしょ。だから、花束贈呈という理由にかこつけて、二人を移動させるわけ。両親はもともと出口のそばの席だし、お仲人さんは会場が暗くなっている間に移動してもらえばいいんだから。だから、やろうよ」
 こう言えばほとんどの新郎新婦は“まあ、そういうことなら……”と承諾してくれる。加えて私は“それでね。家で両親を前にお礼なんか言えないだろうから、両親へのメッセージを書いておいてよ。花束贈呈の時に読むからさ”と言う。
 不思議といえば不思議。当たり前と言えば当たり前なのだが、このメッセージ、言葉の違いはあるが、だれもが同じことを書く。そしてそれが仏教と同じなのだといったら驚かれるだろうか。

 メッセージの概要は次のようなものだ。まず、自分を生んでくれたことを感謝する。そして、素敵な伴侶にめぐり合ったことの縁に感謝。最後に、伴侶の親も自分の親と思って大切にし、楽しい家庭を築いていきます、と宣言する。
 この内容は、私が月に15回もやっているご詠歌の会で、全員で読むご信条と呼ばれる最初の文章と同じだ。

 “受(う)け難(がた)き人身(じんしん)を受(う)け
       (多くの生命の中で人の身に生まれた!)、
  逢(あ)い難(がた)き如来(にょらい)の教(おし)えに値遇(ちぐう)せし
       (時代や場所が違っていたら出会えなかった仏教に出会えた!)、
  因縁(いんねん)を感謝(かんしゃ)し
       (そんな諸々の原因と条件に感謝!)、
  父母祖先(ふぼそせん)の恩(おん)を報(ほう)ぜん
       (この命をつないでくれたお父さん、お母さんやご先祖さまの恩に報いるようにちゃんと生活していきますよ!)”

 自分の人生を真剣に考えた時、みんな同じようなことを考えるのだと思う。仏教は難しいものではなく、当たり前のことを言っているのだと、花束贈呈の時の両親へのメッセージで、いつも思う私である。

 さて、次回はもうすぐ七五三なので、それにちなんで“お元気の裏側”でいきます。何がちなんでなの?と思われるでしょうが、私の中ではじゅうぶん、つながるのでございます。
posted by houwa-natori | 13:06 | ちょっといい話 | comments(0) | -
第97話 ビデオで撮るのは子どもばっか?
  運動会で、子どもがゴールした時に見るのが親の目じゃなく、レンズの目なんてぇのはマズイッスヨというのは第44話でした。誕生から、お宮参り、七五三、入学式、家族旅行など、おりにふれて撮られる映像は、成長したわが子の披露宴で、幸せな新郎新婦、愛の軌跡として会場で映し出されることだろう。

 先日、八十七歳で亡くなったおばあちゃんの一周忌の法事があった。子ども5人、孫が13人、曾孫が4人だ。親戚、縁者をあわせて参加者50名の法事だった。
私たち家族は、このおばあちゃんと10年ちかく一緒に暮らした。私が結婚して密蔵院に入る以前から、留守番として居てくれた人だった。私たちには馴染のない場所でもあり、このおばあちゃんの檀家さんの情報量は驚くほどで、新所帯の私たちには頼りになる人だった(うちの子どもたちは、このおばあちゃんから、花札の柄の綺麗さや、働き者のゴツイ手や、つまむと2センチものびる手の皮なんかを無言のうちに教えてもらった)。

 法事がすんで、客殿で食事が始まった。おばあちゃんにとっての初孫が献杯の発声をするという施主の粋な演出だった。親類、縁者はそれぞれ、思い思いにおばあちゃんの思い出話をしていた。その中で、唯一話に加わらずに遊んでいたのは2歳〜3歳の曾孫たちだった。
私は親戚のオヤジさんたちと酒を酌み交わしながら、遊んでいる子どもたちを見て思った。“この子たちが大きくなった時、おそらくこのおばあちゃんのことは覚えていないだろう。その声はもちろん、名前だって思い出せないにちがいない(4人のひいおばあちゃんの名前を全部言える人は読者の中にもそういないはずだ)”

 わが子の成長の記録としてビデオを撮る親御さんは、是非とも今生きている先祖の生の映像と音声を残しておくことをお勧めする。子孫への素敵なプレゼントになるはずだ。
 注)今回の話に賛同いただいた方で、ビデオで祖父母、祖々父母を撮ろうとする場合、なるべく、その意図は言わないほうがいいでしょう。

 さて次回は、披露宴つながりで思い出した。“花束贈呈の謎”でいきます。披露宴で両親への花束贈呈はイヤラシイ演出だと思っている人、読んでみて!
posted by houwa-natori | 13:05 | ちょっといい話 | comments(0) | -
第96話 面倒をみたんだから面倒みろよ
  家族で車にのって、夕飯に出かけた。後部座席には、私より背が高くなった長男、90kgの私より体重で巨大化した次男、身長157cmの母より背も態度もデカイ娘が、肩を交差させながら乗車した。こうなると、ルームミラーでは後方確認がほとんど不可能である。

 しかし、いつもの習慣で、ルームミラーを見る。すると娘と目があった。娘はボソッと言った。
「ねえ、お父さんとお母さんが寝たきりになったら、誰が面倒みるの?」
正直、ドキッとした。自分では寝たきりになったらどうしようか、何をしようか…と考えることはあっても、まさかわが子がそんなことを考えているとは思わなかったからだ。
で、私は言った。
「そりゃ、お前たち三人が面倒をみるに決まってるじゃないか」
すると後部座席の三人は声をそろえて、エ〜ッ?と言った。私はあわてた。
「おいおい、冗談じゃないよ。お前たちは覚えていないかも知れないけど、お前たちは生まれてから少なくとも六カ月は寝たきりだったんだぞ。食べ物だって一人じゃ食べられない、シモの世話だって、みんなお父さんとお母さんがやってたんだぞ」
ここまで言って、今度は別な意味で、あわてて隣の家内を見た。ジロリと睨まれた。その目は“あなたは、ほとんどやってないじゃない!”と怒っていた。目のやり場に困った私は正面を見て運転しながら、後ろの子どもたちに言った。
「だもん、お父さんとお母さんが寝たりきりになったら、お前たちが面倒をみるの、当たり前じゃないか」

 言ってからシマッタと思った。もし、子どもたちがこう言ったらどうしよう……
“わかったよ。六カ月は面倒みるよ”
すぐにラーメン屋に到着したので、子どもたちから条件付きの介護保証の話はなかった……。
 仏教の布施というのは、無条件でなにかをさせてもらうということだ。なんらかの見返りを求めた行為は、結局どこかで行き詰まることを思い知った夕方だった。

 さて、次回は運動会シーズン到来で、ビデオカメラのテレビコマーシャル花盛りに触発されたので“ビデオで撮るのは子どもばっか?”でいきます。わが子に残すのは成長の記録だけじゃないと思うのですが……という話でゴザンス。
posted by houwa-natori | 13:03 | ちょっといい話 | comments(0) | -
第95話 旦那とドネーション
  仏教で、心がやすらかになる方法の一つが布施。
坊さんの私が言うと“ナンダ…、またカネの話か”なんて思われそうですが、それはまた別の機会に書くことにします(コッチにだって、言いたいことあるんだからね!)。

 さて、気を取り直して……。布施の布という字には、“広げる”とか“ゆきわたる”“散らす”という意味があります。つまり、施しをバラまくのが、布施ということ。
でも、仏教の布施は「見返りなどを求めない無条件の施し」という条件がつきます(無条件という条件……?)。
 “これだけ愛してるんだから、あなたも私を愛してよ”などは言うに及ばす、“お手伝いしたら、お小遣いあげるよ”なんて言われてやるお手伝いは布施じゃない(こういうのは取引だ。キブ アンド テイクだ。贈収賄だ)。

 布施は、昔のインドの言葉でダーナって言います(すでに知ってる人がいそうダーナ……)。この言葉が中国で、旦那(檀那)と音写されました。本当はこの先の展開は、世の奥さまがた(特にうちの家内)には読んでほしくないのだが、話の流れだから仕方がない。ヤブヘビ覚悟で続けます。
 だから、無条件でなにかをする(というより本人にとってはさせてもらうという意識を持っている)人のことを、ダンナっていうわけです。自分の欲を捨てて、喜んで施す人のことです。ギブ アンド テイクじゃなく、あげるばかりのギブ ギブです。檀家というのも、檀那+家で布施をする家という意味です。
 一方、danaがインド以西に広がって、英語の(公共のための)寄付の意であるドネーション(donation)の語幹になったそうです。

 仏教では、お金や物の布施の他に、席を譲ることも、相手に笑顔で接するもの大切な布施の行と考えています。もう少し突っ込むと、布施する側も、される側も布施の意識があってはいけないんだそうで、自分が何かをしてあげたと思うのもダメなら、相手が何かをしてもらったと感じることも、真の布施にはならないということらしい。こうなると、難しいけど、親子関係なんかは、それに入るかもしれない。

 そう言えば、この布施の行で、シマッタと思ったことがあったっけ。
次回はそれを書くことにします。題して“面倒をみたんだから面倒みろよ”の巻。条件をつけた布施の思わぬ逆襲に微笑んでいただきます。
posted by houwa-natori | 11:56 | ちょっといい話 | comments(0) | -
第94話 僕がヒーローだった頃の「敵」
  小学生のころ、戦隊もののヒーローになるのが得意だった。
敵はブラック××やダーク△△だ。一人で悪役のセリフまでこなしながら、他の人には見えないであろう宿敵と立ち向かい、見事に戦い、そして勝利したものだ(あたりまえだ。負けるはずがない)。

 ある夏休みのこと。一人で公園に行ったら、誰の目にもあきらかな悪者が何やら不穏な動きをみせていた。普通に見れば、それは熱い地面を歩く蟻の行列にしか見えなかったはずだ。しかし、僕はすぐにそれが悪の軍団ブラックアリーだと直感し、へんてこりんなポーズと共にヒーローに変身した(なぜかこういう時には、ロボット戦隊になる)。
まず、敵の先頭集団とおぼしきあたりを右足で撃破。地面でペシャンコになった数十匹のブラックアリー。サンダルの裏にも数匹ついていたはずだ。つづいて敵の指揮系統を分断するために、列の中程をひと踏み。ガッシャーンという効果音も忘れない。あわてて逃げまどう悪党どもも一匹ずつ狙いをつけて踏みつぶす。

 その時だ。肩をやさしくたたかれた。
「ねえ、きみ」。
見るとお坊さんが隣に立っていた。黒い着物をきていたので僕の脳裏には「こいつの名前は……、ええと、ブラック……」。ヒーローらしく毅然とした顔をしていると、お坊さんが言った。
「いま君が踏んだ蟻にも、家で待ってるお父さんやお母さんがいるんだよ。兄弟だっているかもしれない」

 地面を見た僕の目に映ったのは、敵ではなく、何も悪いことをしていない、そして二度と家族のもとに帰ることができない蟻たちの殺された姿だった。その時、僕はヒーローではあり得なかった。僕は泣いた。悪者は、僕自身だった……。

 今でも、僕は敵キャラを殺すゲームが好きじゃない。ギャッとうめき声をあげて死んでいく敵キャラも、かわいいペットが家で待っているかもしれない。もしかしたら来週、友だちと会う約束をして、それを楽しみにしている奴かもしれない――そう思ってしまうからだ。
 そんな僕を、友だちのAは感情移入しすぎだとバカにする。なるほど、家で蚊やゴキブリを叩く時、僕はごめんと言うけど、Aの家に遊びに行った時、彼はざまあみろと言い捨てる。正直言って、僕にはAがいい奴だとは思えない。

(平成16年7月15日、『仏教タイムス』より)

 さて次回は、お彼岸が終わってしまいますが、彼岸(悟りの岸)に渡る方法の一つ、布施について書いてみます。
旦那とドネーションの意外な関係について、仏教豆知識的にお読みいただければ幸いです。
posted by houwa-natori | 17:49 | ちょっといい話 | comments(0) | -
第93話 無視できない虫
  調べ物のために数年間開いていなかった本をあけたりすると、体長一ミリにもみたないベージュ色の虫の姿が歩いていることがある。
塔婆の上でも見かけたことがあるから、きっと木の繊維を食べる虫なんだと思う(名前をご存じの方は教えて!)。
頭も足も判別できないくらいチッポケな虫だが、私にはどうしてもつぶすことができない。結局はフッと吹き飛ばすか、それ以上読む必要がない場合は、そっと本を閉じることにしている。
こうなったのは、十年ほど前に読んだある文章がきっかけだ。

 夏目漱石の弟子で、昭和になってからユーモラスな作風で才能を開花させた内田百 けん 門構えに月。東京大空襲で焼け出された彼が、鴨長明にならって自分の暮らしを率直に描いた作品に『新方丈記』(福武文庫 う0115)がある。
焼け出されて立てた小屋は三畳の広さ。まさに一畳四方の方丈の暮らし。
この本の中で、彼の小屋にやってくる虫について書いた一節が、私に影響を与えた。

――虫には大きいもの小さいものもある事は承知しているが、鰐や錦蛇をこの小屋に入れて想像する事は適当でない。小さいのは又ケシ粒をいくつにも割った位 のもいる。あまり小さいのでどんな恰好をしているのかよく解らないが、動き出すところをみると、自分が行こうと思う方向もあるらしい。よく見れば頭もあ る。従って顔もあるに違いない。机の上などを這い出すと見えない所へ行ってしまう迄目を離すことが出来ない。そう云う小さな生命には却って威厳の様なもの があって、指先で潰したり、なしくったり(こすりつけるの意。名取注)する気にはなれない。――

 この虫が、きっと本の中にいる虫だと思う。
百里蓮伴分が行こうと思う方向もあるらしい”と書いている。
いったいこの虫にどれくらいの脳味噌があるのかわからないが、確かに意志をもって進んでいるのだ。
 アンパンマンの作者、やなせたかしさんが、私が小学生のころ熱唱していた♪手のひらを太陽に♪の作者でもあることを知ったのは、ちょうどこの本を読んだ直後だった。
 そうだ!そうだ!そうなのだ!みみずたって、おけらだって、アメンボだって、生きているのだ。友達なのだ(なんだか天才バカボンのパパみたいな語調でおわることになった……)!

 さて、次回は虫つながりで、去る7月15日付けの業界新聞『仏教タイムス』の「子どもたちに送る千字メッセージ――いのち尊し――」に書かせてもらった話をお届けします。ありが悪者に見えたことアリませんか?
posted by houwa-natori | 17:48 | ちょっといい話 | comments(0) | -
第92話 井戸の蛙と、笑わば、笑え!
  一年間の教師生活をしたといえども、な〜んにもできないで辞めてしまったから、寺に生まれ、育った私は言わばお坊さんの純粋培養みたいなもの。そんな私でも、宗派の布教誌の編集や、ご詠歌を一生懸命、もうやり過ぎじゃない?と揶揄されるほどやってきた。

 数年前のこと。宗務所(宗派の事務所のこと、業界ではムショなどと略して言わないことになっている)で、敬愛している先輩のお坊さん(誰とは言わないが、このコーナーの前任者で、兄みたいな人)と行きあった。
“最近ずいぶんがんばっているみたいだな”
“そうでも無いッスよ”
“でもな、お前さんなんか、まだ井の中の蛙だからな。世の中広いぞ”
 噂では自分のお寺を抵当にいれて「空海」の映画を作ってしまった人だし、船橋市で宗教と医療を考える会を立ち上げた人だから、はなたれ小僧のこちとら、ぐうの音もでねえ。心の中で舌打ちしたのを覚えている。

 それから数週間。“呼べば応える”とか“偶然というのは準備していた人だけに訪れる”とはよく言ったもの。何気なく本棚にあった昭和4年、大日本雄弁会講談社(現在の講談社)発行の『修養全集・金言名句人生画訓3』を読んでいたら、頼山陽作と書かれた歌にハタと手を打って小躍りした。
 再び先輩のお坊さんと宗務所で出会ったのは、それから1週間後のことだ。
私は彼を呼び止めた。
“ねえねえ。この間、俺のこと“井戸の蛙だ”って言ったでしょ。覚えてる?”
“ああ、覚えてるよ。それがどうした?”
“頼山陽の歌に、こういのあるの、知ってます?「井戸の蛙と笑わば笑え、花も散り込む月もさす」ってえの”
 井戸の中とはいえ、それなりに完結している世界なのだ。私の言葉を聞いて、さすがにそのお坊さんは、ギョッとした顔をして、一瞬ひるんだ。私はニンマリした。
 すると、何事か考えているかのように、自分の足元を見ていた先輩は、“ふーん”と言いながら顔をあげてこう言った。
“その井戸、ずいぶん浅いんだな”
“……”

 この浅いという言葉が、私の考えが浅いということにかけてあることに気づいたのは最近のことだ。菅野秀浩師とのバトルは現在も続いている。

 さて次回は「無視できない虫」でいきます。内田百痢覆Δ舛世劼磴辰韻鵝砲痢愎景丈記』の一節をご紹介しながら、生き物の命を考えまする……
posted by houwa-natori | 17:43 | ちょっといい話 | comments(0) | -
第91話 このお経いつ終わるんだろう(小説風)
  このお経はいつ終わるんだろう……わが家の仏間に正座した親戚、家族の誰もが、そう思っていた。すでに、お坊さんのお経が始まって2分ほど経過していた。

 わが家は今年の夏、新盆をむかえた。"わしが初代の先祖になるんだ"と満足気だった父が今年の初めに亡くなったのだ。父は三男坊で東京に出てきて結婚をした。田舎の実家に墓はあるがそこは長兄が跡を取っているから、父は東京にお墓を用意しなければならなかった。
 親戚の冠婚葬祭は今まで全部父と母がやっていたので、私たち若夫婦はお寺のことは何も知らない。住職の本名はおろか、実家のお寺や檀家になったお寺が何宗なのかも知らない。
 それでも、母が“今年は新盆だから、お坊さんにお経をあげてもらうように、お寺で頼んできたからね”と言った時には、そういうものかと思った程度だった。こういう時には親戚にも声をかけるものだと知り合いに教えられたので、父の兄弟たちに声をかけた。

 お坊さんが来るのは11時だというのに、親戚は10時には集まっていた。葬儀以来の顔合わせで近況報告やら昔話に花が咲いていた。
 やがて、汗だくになったお坊さんが“おあつーございます”とやってきた。タオル地の大きめのハンドタオルで首から上をグリグリゴシゴシと拭いた。タオルにはクリスチャン・ディオールのマークがついていた。仏間に案内すると、お坊さんは何かムニャムニャ言いながら座った。ろうそくに灯を点け、お線香を立て、鐘をチーンとやる姿はさすがにキマッテいた。
 しばらくして私は腕時計を見た。だが、お経が始まってまだ4分。お尻の下で足を組み直すと、チーンと音がして数珠をこする音がした。
 “ご無礼しました”
とお坊さんが向き直って頭を下げた。えっ?もう終わり……?と一同が少し呆気に取られているとお坊さんが言った。
 “すみませんでしたね。拝んでいたら、亡くなったお父さんが「住職さん、後ろで座っている人たちには、お経がどれくらいで終わるかわからないから、ヤキモキしてる。できれば、何分くらいので終わるのか言っておいてくれるといいんだがな」という声が聞こえたんです。最初に5分のお経ですって言えば良かったですね”

 次のお宅からは最初に言うことにします、と言いながらお坊さんは帰っていった。その後、みんなで食事をしながら、本当に父がそうお坊さんに伝えたのか、それとも私たちの思いが通じたのかの議論でしばらく盛り上がった。いい新盆だった。

――今回はこの夏、実際にあった話を施主の目から見て、ちょっと(かなり?)脚色して書かせてもらいました。

 さて次回は、私に「お前はまだ井の中の蛙だよ」と言った先輩のお坊さんへの私の仕返しについて書きます。
「井戸の蛙」と言われて悔しい思いをしている人、読んでみて。
posted by houwa-natori | 17:42 | ちょっといい話 | comments(0) | -